第百二十八話
*
ホテルから抜け出した後、真っ先に氷上に連絡をした。爆弾製造犯を調べていた氷上は、俺がホテルの爆発現場にいたことを話すと驚いて駆けつけてきた。
「長谷川!大丈夫?」
氷上はとても驚いたように俺を見るやいなや、通り過ぎる人たちの視線も気にせず突然抱きつくと頭を撫で始めた。
実の弟の死を経験した身だから、本当に自分の弟と重ねて見ているのだろう。
彼女の衝撃も衝撃だが、俺も衝撃が大きい。
[黒いボール]というものは、そのくらい最悪だった。
本当に死にかけた。
永遠の闇に落ちて死ぬだなんて。
最悪中の最悪だ。
「大丈夫、氷上さん。見ての通り元気だよ」
しばらくその胸に抱かれて氷上を安心させた。
「大丈夫そうには見えるけど……。本当に驚いたじゃない!」
正直言って、こんな氷上からは情が感じられる。それがどんな種類の情であれ、温かさは確かに感じられた。
そんな情を受けられずに育ち、心の奥に闇を育てたまま生きて行く人も多い。
水船がそうだ。
「それより氷上さん、話がある。少し力を貸してほしいんだ。この爆発事件はまだ終わっていなかった、いや、これからが始まりかもしれない」
「終わってなかったって?水船さん死んだんでしょ?いや、あなたの頼みなら当然協力はするけど……」
「とりあえず、どこかに入ろう」
そのことに関して説明をするために、氷上と一緒に近くのカフェに入った。
「氷上さんが爆弾が2つあることを知らせてくれなかったら死ぬところだったよ。あの爆弾製造犯を先に捕まえて本当に良かった」
「へぇ~。そうだったの。でも、それは、あなたがあの製造犯を探し出したおかげじゃない」
氷上がににこっと笑いながら、また手を持ってきた。どこって、もちろん髪の毛に。
「でも、水船さんが自爆して全部終わったんじゃないの?警察も被疑者の死亡で事件を終了させようとしてるみたいだけど」
「いや、絶対に違う。真犯人は別にいる」
「真犯人?」
「自殺を考えてた人が利益に反する人物を暗殺したなんて変じゃないか?」
「そうかな?でも、そういう行為のせいで自責の念に駆られて自殺を選んだって警察は見てるみたいよ」
「違うんだ、氷上さん。水船さんが空きビルを爆発させたりして罪を犯したのは事実だけど、自爆する前に人を殺しはしなかった。誰かがそれを利用したんだ」
「そういうこと?確かに、それなら……。死体を処理するには好都合だわ。水船さんに罪を全て被せて。あ、じゃあ、あれが必要そうね。この前あなたに頼まれたやつ!爆発事件に関連して死んだ人物を調査したもの」
「さすが!そうでなくても、またお願いしようとしてたんだ。サンキュー!」
「フフッ、私を誰だと思ってるの。車にあるから持ってくるわ!」
氷上は急いでカフェを出て行った。すぐに戻ってきた氷上の手にはいろんな書類の封筒が持たれていた。
「えーっと、とりあえずこれね。あと、これは水船さんについて警察が追跡したもの」
「え、水船さんのもあるの?」
「うん。なぜか警察が水船さんの財産と資金の流れも調査してた。だから、念のためもらってきたの」
なぜか。それは水船に全てを押し付けて終わらせようとしていたんだろう。そんな意図を持ったやつが警察を動かしてそうさせているのだろうから。
死んだ人物を調査した書類から調べた。
やはり全員、水船家とは競争関係にある人物だ。
「この人たちの他に水船家と競争関係にある会社の主要人物の中で数日以内に失踪した人はいないかな?」
「水船家と競争関係に?」
「うん。競争でなくとも、水船家からして目の敵だとか、そんな人」
「そういうのは本人たちだけの知る事情も多いから、関係を全て調査するには……。かなり時間がかかると思うわ」
それはそうだろう。確かに範囲が広すぎる。
「じゃあ、最近失踪届が出された人の中に社会的地位の高い人がいるかどうかを調べるのは?」
「それは簡単よ!最近出された失踪届を確認すればいいだけのことだから。すぐに調べてみる!」
氷上がどこかに電話をかけている隙に、俺は水船の書類のファイルを調べた。
水船が爆弾製造犯に開発費として渡したお金はとんでもない額だった。
ただ、そんな方とは全く反する資金の流れが目についた。
ずいぶん前から絶えず虐待児童のための施設に寄付していたようだった。
その金額は相当だ。
自分が処分できる財産は密かに処分して全て寄付したというレベル。
それも寄付したのは1か所だけではない。寄付することで税金の恵沢を享受するとか、そんなことのためでは絶対にない。そうするには、あまりにも金額が大きかった。
なぜ児童虐待にそんなにも弛まず寄付を?
「長谷川!」
「ん?」
氷上が通話を終えて俺を呼んだ。
「失踪者が1人いる。それも、利嶋としま家の傘下、利嶋重工業の社長よ!」
「え?社長が?社長にもなる人物がどうして失踪なんか?普通、警護員や秘書もつけずに歩き回るか?」
「それは、これから詳しく調べる必要がありそう」
「俺は、その失踪者が真犯人と繋げてくれる重要なキーだと思う。その人が水船家と関わっていればビンゴだし」
「わかった。そこを重点的に調査してみる!」
「じゃあ、俺は水船さんの方をもう少し調査してみるよ。連絡してくれ」
「わかった。爆弾がまた爆発することはないだろうけど、それでも気を付けて!」
氷上がまた俺の頭を撫でてカフェを去った。
児童虐待と水船理智子。
水船理智子についてもっと知りたくなった。
彼女は一体なぜ自爆をしなければならなかったのだろうか。
その部分も攻略と関連がありそうだったため、彼女の家に移動した。
*
水船家の名誉会長が死ぬと、会長である水船松哉まつやは家門の総帥となった。
水船松哉は笑いを押し殺して個人秘書の中舎生夷なかやしょういに質した。
「警察には手を回しておいたか?」
「はい。その間発生した連鎖爆弾犯とそれによる殺人事件は全て理智子お嬢様の仕業として終結になりそうです。そのように圧力をかけておいたので、追加調査はないと思われます」
「監獄行きにして親族の犯罪を隠蔽しない透明な財閥のイメージを作ろうかと思ってたのに。こんな風に死ぬとはな。」
もちろん、本心は今にも踊りたい状況だった。父親と一緒に死んでくれたおかげで得たものがかなり多い。
もちろん、口外する必要はない本音なので表情管理をしながら言った。
「もっと上を動かせ。担当チームも変えるか。もちろん、終結のためチームにな」
「承知しました。騒ぎが起こらないように処理いたします」
それなら。
1つだけ問題を解決すれば良い。
それは大したことではないと思いながら、水船松哉は心の中で笑い始めた。
*
水船理智子の家はまさに水船家の本家だ。
水船理智子は家を出ていなかった。
真犯人の疑いがある水船松哉は結婚して分家したが、水船理智子は子供の頃からずっと父親と一緒に暮らしてきた。
水船理智子の母親は早くに死んで、水船家の主人とその娘が同時に死んだため、邸宅には誰もいなかった。水船松哉は、この家を受け継いだ後すぐに処分する計画だった。その為、使用人は全員解雇した。
だから、空き家だ。
侵入することはとても簡単だった。
[万能キー]で家の中を[探知]した後、誰もいないことを確認してからドアを開けて中へ入った。
そして、まずは水船理智子の部屋を探った。
水船理智子の部屋は味気なかった。
ベッドと机。
それが全部だ。
ドレスルームは別途あるから、この部屋は寝室であり書斎だった。
本棚には虐待関連の本がたくさんあった。
児童施設への寄付を見ただけでもそうだが、虐待に相当関心があったようだった。
そんな専門書籍の間に1冊の分厚いノートが挟まっていた。
ノートというよりはダイヤリー?
取り出してみると、やはり日記帳だった。
朱峰が演じていた木元の日記帳は攻略に大きく役立った。そうなると、日記帳は無視できない手掛かりだ。
読んでみると、この日記帳は日記であり遺書でもあった。
みんな嫌い。
だから、もう終わり。
私を救援してくれるのは爆発のその瞬間だけ。
爆発は誰も与えてくれない喜悦。
私の人生の実感だから。
こんな私が嫌。
こんな私の闇が嫌。
この世はすっかり闇なのに。
同じ闇を背負っていると思っていたあの女さえ抜け出した闇なのに。
どうして私の闇は続くの?
どうして私の闇には光が射さないの?
全部嫌。
どんなに足掻いても無駄なこの全てが嫌。
もう全部が嫌だからこれ以上は我慢しない。
空きビルだけを爆破させていた自分の臆病さにもうんざり。
もう脱ぎ捨てる。
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ホテルから抜け出した後、真っ先に氷上に連絡をした。爆弾製造犯を調べていた氷上は、俺がホテルの爆発現場にいたことを話すと驚いて駆けつけてきた。
「長谷川!大丈夫?」
氷上はとても驚いたように俺を見るやいなや、通り過ぎる人たちの視線も気にせず突然抱きつくと頭を撫で始めた。
実の弟の死を経験した身だから、本当に自分の弟と重ねて見ているのだろう。
彼女の衝撃も衝撃だが、俺も衝撃が大きい。
[黒いボール]というものは、そのくらい最悪だった。
本当に死にかけた。
永遠の闇に落ちて死ぬだなんて。
最悪中の最悪だ。
「大丈夫、氷上さん。見ての通り元気だよ」
しばらくその胸に抱かれて氷上を安心させた。
「大丈夫そうには見えるけど……。本当に驚いたじゃない!」
正直言って、こんな氷上からは情が感じられる。それがどんな種類の情であれ、温かさは確かに感じられた。
そんな情を受けられずに育ち、心の奥に闇を育てたまま生きて行く人も多い。
水船がそうだ。
「それより氷上さん、話がある。少し力を貸してほしいんだ。この爆発事件はまだ終わっていなかった、いや、これからが始まりかもしれない」
「終わってなかったって?水船さん死んだんでしょ?いや、あなたの頼みなら当然協力はするけど……」
「とりあえず、どこかに入ろう」
そのことに関して説明をするために、氷上と一緒に近くのカフェに入った。
「氷上さんが爆弾が2つあることを知らせてくれなかったら死ぬところだったよ。あの爆弾製造犯を先に捕まえて本当に良かった」
「へぇ~。そうだったの。でも、それは、あなたがあの製造犯を探し出したおかげじゃない」
氷上がににこっと笑いながら、また手を持ってきた。どこって、もちろん髪の毛に。
「でも、水船さんが自爆して全部終わったんじゃないの?警察も被疑者の死亡で事件を終了させようとしてるみたいだけど」
「いや、絶対に違う。真犯人は別にいる」
「真犯人?」
「自殺を考えてた人が利益に反する人物を暗殺したなんて変じゃないか?」
「そうかな?でも、そういう行為のせいで自責の念に駆られて自殺を選んだって警察は見てるみたいよ」
「違うんだ、氷上さん。水船さんが空きビルを爆発させたりして罪を犯したのは事実だけど、自爆する前に人を殺しはしなかった。誰かがそれを利用したんだ」
「そういうこと?確かに、それなら……。死体を処理するには好都合だわ。水船さんに罪を全て被せて。あ、じゃあ、あれが必要そうね。この前あなたに頼まれたやつ!爆発事件に関連して死んだ人物を調査したもの」
「さすが!そうでなくても、またお願いしようとしてたんだ。サンキュー!」
「フフッ、私を誰だと思ってるの。車にあるから持ってくるわ!」
氷上は急いでカフェを出て行った。すぐに戻ってきた氷上の手にはいろんな書類の封筒が持たれていた。
「えーっと、とりあえずこれね。あと、これは水船さんについて警察が追跡したもの」
「え、水船さんのもあるの?」
「うん。なぜか警察が水船さんの財産と資金の流れも調査してた。だから、念のためもらってきたの」
なぜか。それは水船に全てを押し付けて終わらせようとしていたんだろう。そんな意図を持ったやつが警察を動かしてそうさせているのだろうから。
死んだ人物を調査した書類から調べた。
やはり全員、水船家とは競争関係にある人物だ。
「この人たちの他に水船家と競争関係にある会社の主要人物の中で数日以内に失踪した人はいないかな?」
「水船家と競争関係に?」
「うん。競争でなくとも、水船家からして目の敵だとか、そんな人」
「そういうのは本人たちだけの知る事情も多いから、関係を全て調査するには……。かなり時間がかかると思うわ」
それはそうだろう。確かに範囲が広すぎる。
「じゃあ、最近失踪届が出された人の中に社会的地位の高い人がいるかどうかを調べるのは?」
「それは簡単よ!最近出された失踪届を確認すればいいだけのことだから。すぐに調べてみる!」
氷上がどこかに電話をかけている隙に、俺は水船の書類のファイルを調べた。
水船が爆弾製造犯に開発費として渡したお金はとんでもない額だった。
ただ、そんな方とは全く反する資金の流れが目についた。
ずいぶん前から絶えず虐待児童のための施設に寄付していたようだった。
その金額は相当だ。
自分が処分できる財産は密かに処分して全て寄付したというレベル。
それも寄付したのは1か所だけではない。寄付することで税金の恵沢を享受するとか、そんなことのためでは絶対にない。そうするには、あまりにも金額が大きかった。
なぜ児童虐待にそんなにも弛まず寄付を?
「長谷川!」
「ん?」
氷上が通話を終えて俺を呼んだ。
「失踪者が1人いる。それも、利嶋としま家の傘下、利嶋重工業の社長よ!」
「え?社長が?社長にもなる人物がどうして失踪なんか?普通、警護員や秘書もつけずに歩き回るか?」
「それは、これから詳しく調べる必要がありそう」
「俺は、その失踪者が真犯人と繋げてくれる重要なキーだと思う。その人が水船家と関わっていればビンゴだし」
「わかった。そこを重点的に調査してみる!」
「じゃあ、俺は水船さんの方をもう少し調査してみるよ。連絡してくれ」
「わかった。爆弾がまた爆発することはないだろうけど、それでも気を付けて!」
氷上がまた俺の頭を撫でてカフェを去った。
児童虐待と水船理智子。
水船理智子についてもっと知りたくなった。
彼女は一体なぜ自爆をしなければならなかったのだろうか。
その部分も攻略と関連がありそうだったため、彼女の家に移動した。
*
水船家の名誉会長が死ぬと、会長である水船松哉まつやは家門の総帥となった。
水船松哉は笑いを押し殺して個人秘書の中舎生夷なかやしょういに質した。
「警察には手を回しておいたか?」
「はい。その間発生した連鎖爆弾犯とそれによる殺人事件は全て理智子お嬢様の仕業として終結になりそうです。そのように圧力をかけておいたので、追加調査はないと思われます」
「監獄行きにして親族の犯罪を隠蔽しない透明な財閥のイメージを作ろうかと思ってたのに。こんな風に死ぬとはな。」
もちろん、本心は今にも踊りたい状況だった。父親と一緒に死んでくれたおかげで得たものがかなり多い。
もちろん、口外する必要はない本音なので表情管理をしながら言った。
「もっと上を動かせ。担当チームも変えるか。もちろん、終結のためチームにな」
「承知しました。騒ぎが起こらないように処理いたします」
それなら。
1つだけ問題を解決すれば良い。
それは大したことではないと思いながら、水船松哉は心の中で笑い始めた。
*
水船理智子の家はまさに水船家の本家だ。
水船理智子は家を出ていなかった。
真犯人の疑いがある水船松哉は結婚して分家したが、水船理智子は子供の頃からずっと父親と一緒に暮らしてきた。
水船理智子の母親は早くに死んで、水船家の主人とその娘が同時に死んだため、邸宅には誰もいなかった。水船松哉は、この家を受け継いだ後すぐに処分する計画だった。その為、使用人は全員解雇した。
だから、空き家だ。
侵入することはとても簡単だった。
[万能キー]で家の中を[探知]した後、誰もいないことを確認してからドアを開けて中へ入った。
そして、まずは水船理智子の部屋を探った。
水船理智子の部屋は味気なかった。
ベッドと机。
それが全部だ。
ドレスルームは別途あるから、この部屋は寝室であり書斎だった。
本棚には虐待関連の本がたくさんあった。
児童施設への寄付を見ただけでもそうだが、虐待に相当関心があったようだった。
そんな専門書籍の間に1冊の分厚いノートが挟まっていた。
ノートというよりはダイヤリー?
取り出してみると、やはり日記帳だった。
朱峰が演じていた木元の日記帳は攻略に大きく役立った。そうなると、日記帳は無視できない手掛かりだ。
読んでみると、この日記帳は日記であり遺書でもあった。
みんな嫌い。
だから、もう終わり。
私を救援してくれるのは爆発のその瞬間だけ。
爆発は誰も与えてくれない喜悦。
私の人生の実感だから。
こんな私が嫌。
こんな私の闇が嫌。
この世はすっかり闇なのに。
同じ闇を背負っていると思っていたあの女さえ抜け出した闇なのに。
どうして私の闇は続くの?
どうして私の闇には光が射さないの?
全部嫌。
どんなに足掻いても無駄なこの全てが嫌。
もう全部が嫌だからこれ以上は我慢しない。
空きビルだけを爆破させていた自分の臆病さにもうんざり。
もう脱ぎ捨てる。