85.デート……じゃないだと!?
『じゃ、俺の出す答えは――』
――いったんデートである!
そんなわけで休日、俺はアリシアを誘い出しで街へと繰り出していた。
あの黒歴史映像騒ぎの際に、どこかで落ち着いたらデートをすると約束をしていたのである。
それが賢者祭典前か、後か。
祭典の後は、予定されている国盗り合戦の後だから、結果がどうであれゴタゴタするに決まっている。
つまりタイミングは、――今しかない。
「うーん、やはりハクサイかしら」
「ハクサイ、最高。鍋が美味しい季節に間に合うよ」
割と早めに育つし、今のアリシアならば無詠唱による土属性魔術によって、かなり高度な土壌を作れるため余裕だ。
冬場は一緒に鍋を食べよう。
それによく考えてみなよ?
障壁とか、戦争とか、賢者とか、聖女とか、勇者とか。
王都貴族のゴタゴタって、正直言えば今の俺には関係ないし?
アリシアが関わる問題ならば俺は命を賭けて頑張るけどさ?
俺だけの問題なら俺が関わらなかったら良いだけの話である。
上層の貴族たちは、どうやら俺を関わらせたくないらしいし、普通に関わるのをやめてみてはいかがだろうか。
侯爵両家の国盗りが成功してしまった場合も、障壁が消えると同時に公国に責められた場合も、どちらにせよエドワードもろともウェンディは死ぬ。
だから手を貸せと言われたが、どう進んでも結局ハゲに関わらせられそうだからいったん小休止である。
ついでにデートを楽しみながらアリシアに報告するのだ。
「今週食べる分の野菜はこれとこれとこれを……」
「アリシア」
「なに? え、このトマトかなり良いトマトね! ここ最近の野菜ってかなり出来が良いらしいわよ? 肥料かしら? 良い肥料使ってるのかしら?」
私服を来て街に来ると全然貴族っぽくなくなったアリシアから野菜を受け取りながら尋ねる。
「そうだね、たぶん肥料が良いんだと思うよ。魔術師の残灰って魔素大量に含んでるからすごく良い感じになる」
「……ちょっと食べる気失せたけど、確かに一理あるわね。ユーダイナ山脈も魔素が濃いからあんなに自然豊かだろうし? で、なに?」
「賢者祭典の時にクーデター起こるけど、どうしよっか」
話の流れでさらっとそう告げると、アリシアは少しだけ間を置いてから俺の方に笑顔を向ける。
「……いきなり、なんてことを言うの?」
「……え、怒ってる?」
表情は笑顔だが、何と言うか心の底からの笑顔ではない。
般若を背負ったような、そんな雰囲気を持っていた。
「怒ってない。けど、なんで今? 野菜の種を買いに来た場所で言うことじゃないわよね? こんな人がたくさんいる場所で……」
と、ひとしきり文句を言ったアリシアは、溜息を吐きながら再び野菜の方に視線を戻して続ける。
「まあ、貴方は私に嘘をつかない。だから本当のことなのよね」
「そうだね」
頷きながらここ最近あったことの全てを話しておいた。
パトリシアを擁立したペンタグラム家とスラッシュ家による王位簒奪作戦の全てである。
彼女を遠ざけておくためならば別に話すことはない。
でも遠くに行かないでと言われて、俺は行かないと約束したのだから、俺が何をしているのか伝えておくのが重要なのである。
「はあ……きな臭いとは思ってた」
知りえた情報を教えると、アリシアは溜息を吐く。
「あれだけ学園で派手に動いてたパトリシア・キンドレッドが、急に公国に留学するのはおかしい話よね」
一時的に休戦中扱いとは言え、そんな公国からパトリシアが賢者祭典の時に戻ってくるのもさらにおかしい。
「生徒会の仕事の都合で3年の会計の人に会いにいったら随分とパトリシアにお熱だったわよ? 何かに憑りつかれたみたいに、狂信的にね」
1年生の地位の高い者のみではなく、3年にまで浸透していたことを受けて、その目的が玉の輿ではないことを彼女は察していたそうだ。
「エドワード達との関係を笠に裏でそんな準備をしていたってわけね。一人で短い期間にここまで立ち回れるなんて……私が決闘で負けたのも当然の結果よね」
と、そんな言葉でアリシアは会話を閉じた。
「アリシアの決闘は第三者の介入もあったみたいだよ」
ジェラシスとかな?
「それに死んでないなら負けてないよ、アリシア」
「負けは負けよ。それにあの時の私が、彼女に勝てる見込みはなかったと思うし。でも、もうそんなことはどうでもいいの」
アリシアは言う。
「ラグナはどうしたいの?」
「俺?」
「私は別に貴方とマリアナが平気でブレイブ領にも被害が及ばないならそれでいい。裏で色々動いてくれてるのも私を守るためだってわかるから何も言わない」
結局、と彼女は商店街のアーケードの隙間から空に見える守護障壁を見ながら言葉を続ける。
「私がどうこうできる問題じゃないし、だから貴方の意見を尊重するし合わせる」
「俺の意見かあ」
「首輪つけたところで、貴方は自分の好きなように散歩する子犬ちゃんでしょ? フフ、まあこれはあくまでたとえ話だけど」
「子犬じゃないよ、ブレイブは代々ケルベロス! 首だけになっても喰らいついて離さなかったと言われる逸話まで残ってるよ!」
「たとえ話よ!」
いや実話なんだけどなあ……。
ジョークではない。
三つ子のブレイブが首だけになっても喰らいつき、敵国の将を出血死させのだ。
「ま、したいようにやんなさいよ」
そう言いつつ、アリシアは俺の前髪の生え際にある古傷を指で撫でながら笑う。
「どこまでもついてってあげるから」
アリシア、やっぱりイイ女である。
最初は破滅を防ぐためだったけど、このとびきり好みの良い女の笑顔を守ることが、今では俺が戦う理由の一つとなっていた。
「俺の中では、簒奪なんて別に勝手にやっとけって感じだよ。優先すべきはアリシアとの日常で、今日みたいなデート!」
ごめんクーデターに参加しててちょっとデートに遅れた、なんて言っちゃいられないのだ。
遅刻は女の役目である。
男は「ごめん、待った」と言われてこそなのだ。
ちなみに今日のデートは俺から満を持してアリシアに「買い物に行こう」と切り出した。
前はアリシアにデートに行くわよと言われていたから、今回は俺からちゃんと言えた。
これは成長である。
「……え、これデートだったの?」
俺の言葉にアリシアは首を傾げていた。
「えっ」
違うの?
首を傾げたアリシアは本当に疑問に思ったことが見て取れて、絶望が俺の心を支配する。
デートとは思っていなかった……だと!?
「あ、デートね。これはデート。いつもこの時間に一緒に買い出しに来てたから特に何も気にせず来ちゃったけど、確かにこれはデートよ」
俺の顔を見て焦ったように取り繕うアリシア。
いやまあ、ちょっとわかっちゃいたよ。
野菜を選ぶアリシアからデート感はなかったって、休日に一緒に買い物に来た夫婦みたいな雰囲気だったって。
「ま、まあ買い出しも兼ねた感じで行けばいいのよ。方向転換なんていつでもできるから、お昼にどこかで一緒にご飯食べましょ? ね? ね? この間マリアナに穴場を聞いたのよね」
アリシアに腕を引かれる。
俺にできるエスコートって、つくづく魔物がいっぱいいる山脈か、ダンジョンくらいなんだなと痛感した。
ダメな男ルートにだけは進みたくないもんだ。
ちなみに、この時俺は勇者とか賢者とか聖女とか、その辺の話はできなかった。
彼女の中のイメージが変わってしまう気がして、少し怖かったのである。
ブレイブにも、怖いものはあるんだ。