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送り届けられた先は、【水晶】の間だった。
……もし、ベリアルが裏切りものであれば自分の急所であるこの部屋には連れてこない。
少しだけ疑いが晴れる。
「プロケル様、よく来てくださいました! このベリアル、信じていましたよ! 優しく強く正義感が強いプロケル様なら、すぐにでも、なにを置いても友である僕を助けに来てくれると、ああ、プロケル様の【誓約の魔物】が二体も、そちらの凛々しい猟犬もただものでもはない。その力まさしくSランク、立派なゴーレムまで、ああ、もう、この喜びを言葉で表すことができないことがもどかしい」
「……喜んでくれたのは嬉しいが、雑談はそれぐらいにしよう。今は一刻も争う状況だ」
こうしている間にもベリアルのダンジョンは突破されつつある。
話をしている暇すらない。
「はい、今は【階層入替】でもしものときのため用意したおいた下層にある罠地獄を上層にもっていき時間稼ぎをしているところです」
マルコから聞いたことがある。
長年魔王を続けているとDPが余り始める。
それをすべて魔物に変えても、魔物を配置するスペースがないし、部屋を構築しさらに魔物を配置するのは高くつく。
なら、いっそのことコストパフォーマンスが高い罠部屋を片っ端から購入してどんどん罠だけの部屋を増やし、敵に攻められて状況が悪くなれば罠部屋を敵の進行ルートに割り込ませる。
これなら時間を稼ぎつつ、敵の戦力を削れ、さらに自軍の魔物の消耗が抑えられる。
階層入替は、自軍以外の魔物が存在すると使用できないものの使いどころは多い。
「ベリアル、状況はわかった。それなら現時点で魔物の被害自体は抑えられているんだな」
「いえ、初動でかなり魔物を削られました。初動を乗り切ったあとの被害は破壊された罠部屋ぐらいです。……罠は壊されてもDPさえあれば、また買えます。ただ、その罠地獄もそろそろ限界で、ここからは魔物たちを壁にするしかありません」
「罠地獄の部屋の次はどんな部屋だ」
「……魔物の休憩所として作った部屋で、魔物たちがゆっくり休めるように広々とした草原になっています」
【水晶】により、罠部屋の次の部屋が移される。
青々とした広い草原。障害物も天井もない。
ここはいい。グラフロスの能力が生きる。
「なら、そこで仕掛けよう。防御力のある魔物でこの部屋に引き留めて、敵が固まったところで一掃する。……一掃するための戦力を連れてきた。暗黒竜グラフロスを十体。俺の情報を集めていたのなら、聞いたことがあるだろう。空から強力な爆発魔術に似た攻撃をする竜がいることを」
「もちろんです。プロケル様の常勝戦術の一つですね。罠を抜けて、疲労した魔物を一掃。これが決まれば、今回の襲撃は凌ぎきれます! なにとぞ、お願いします」
ベリアルが勢いよく頭を下げる。
「それだが、提案がある。【収納】しているグラフロスを十体、一時的にベリアルへと所有権を移そう。ぎりぎりまでグラフロスの攻撃は敵に悟られたくない。だから、魔王権限でどこにでも【転移】できるベリアルが【収納】して攻撃直前に、【草原】に現れて取り出すのが一番いい」
「僕がやるより、僕の魔物にプロケル様を転移させるほうがいいと思います」
「いや、俺が姿を現せば奇襲性が薄れる。俺の手は敵も承知している。姿を見せたとたん、爆撃を悟られ、撤退や防御行動をするだろう。ベリアルが【収納】から取り出しても同じに見えるが、【収納】から取り出したのちに敵が動くのと、俺を見た瞬間に行動するでは数秒違う。その数秒が大事だ」
まあ、これはただの言い訳に過ぎない。
実際のところは、所有権を移しさえすれば俺の攻撃にはならないという点を目的としていた。
かつて、【鋼】【邪】【粘】との戦争でやられた手だ。
親からの魔物の移譲にたいしては対策されたが、その逆はされていない。
だからこそ、グラフロスを彼に託す。
「確かにその通りですね。では、ありがたくお力を貸していただきます。すべてが終われば、グラフロスをお返しします。ああ、プロケル様の魔物を使えるなんて、光栄です」
俺はベリアルの感情に変化はないかを注視していた。俺に手を出させるのが目的なら、計算が狂い苛ついているはずだ。
とくにおかしなところはない。
グラフロスの権利をベリアルに移譲し終え、一体ずつベリアルに【収納】させる。
これで、準備は整った。
水晶越しに罠部屋と、その先にある部屋を覗く。
徐々に、罠を突破した魔物が現れて、ベリアルの魔物たちとの戦いになる。
ベリアルの魔物たちは守り主体の戦い方をする。
……違和感がある。敵の魔物は数が多いがせいぜいCランクばかり。
Cランクは【渦】で作れて、失っても痛くない魔物たちだ。
本気で攻略する気があるのなら、主戦力はCランクでいいとしても、指揮役や、難敵対策にAランクの魔物数体を連れてくるべきではないだろうか?
Cランクなど烏合の衆だ。エース格相手だとろくに被害を与えられない。
「プロケル様、まずいです。もう、これ以上、持ちこたえられません」
ベリアルが叫ぶ。
罠を抜けた先に部屋で戦っているベリアルの魔物が押され始めていた。
ベリアルの布陣はBランクが十体ほどに、残りはCとDの混在。
これではCランクの大軍を抑えきれない。
「Aランクの魔物は出さないのか」
「すでに、敵にぶつけて重傷を負って治療中です」
「なるほど、だから敵はCランクばかりなのか」
「ええ、そうでしょうね。前半戦がもっともはげしく、お互いの切り札を潰しあいました」
その話が嘘か本当かは確かめるすべはない。
あるいは、これも俺に手を出させるための言葉かもしれない。
まあ、こうなることも想定内だ。
だから、保険とは違い。今度は罠のほうを試そう。
「なら、俺の三騎士を使う。こいつらならCランク程度、いくらいても問題にならないだろう。……まあ、こいつらが姿を見せた時点で、俺が増援に加わったことがばれるが、もう奇襲性なんて言っている状況じゃないしな」
赤騎士、白騎士、黒騎士が駆動音を鳴らす。進化してから初めての戦いが楽しみで仕方無いらしい。
……この三騎士たちには感情が芽生えている。
人工知能までもが【創成】で進化した結果だ。
だからこそ、感情を魔力に変えるアヴァロン・ジュエルで魔力生成が可能なのだ。こいつらはもう道具ではなく、一種の生命と言える。
「すみません、すみません、それから、本当に本当にありがとうございます。このベリアル、恩は必ずや返させていただきます。必ずです! ささっ、三騎士を送り届けてしまいますね」
ベリアルは急いで俺たちを転移させてきたデミ・リリスに【転移】で三騎士を戦場に送り届けさせた。
【転移】させられた三騎士たちが暴れ始める。
彼らはCランクの魔物など歯牙にもかけない。一方的な蹂躙だ。
これでは、グラフロスの爆撃の出番はないかもしれない。
……これでベリアルからは俺が反プロケル同盟に攻撃を加えたように見える。
さあ、ここからどう動くか。敵の陣営に与していれば行動を起こすはずだ。
できれば、用意した罠が無駄になればいい。
三騎士たちの獅子奮迅ぶりを見ながら、そんなことを考えていた。
END
(顺便截下后面的内容,方便大佬翻译。)