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日本民族 Y-DNA调査总结

只看楼主收藏回复


觉得不错的一篇文章,尝试翻译了一下,晚些再发译文版~


IP属地:日本1楼2015-07-19 12:03回复
    ●地方别データまとめ
      県别のデータではサンプル数が少なすぎ県民论は追えませんでしたが、地方别になると、地方単位で调査したGlobal论文もあり、それなりに追える场面も出てきました。それでも関西圏などまだサンプル数が少なく、调査结果に偏りがあり过ぎ论じるのは难しいようです。
      Webで関西のGlobalデータを见つけました。このCavalhoデータは亜型の设定がやや大雑把のため他のGlobalデータと比较をしにくいのですが、逆に縄文系、弥生系、征服者系の大くくりには使えるため加えました。特徴はY-DNA「C」が高めなのです。関西(近畿)圏は和歌山の太地の鲸渔などで予想される海洋性ハンターY-DNA「C1」の居住地、まだ修験道などで予想される内陆型ハンターY-DNA「C3a」の居住地でもあるはずです。Y-DNA「C」が多めなのは充分纳得できます。またNonakaデータではなかった「O3」もあり、むしろCavalhoデータの方が纳得できるくらいです。
      県民性ではまだ论じることはできませんでしたが、地方性では倾向が见えてきました。
    ●北海道は、明治维新后の屯田兵など开拓民に縄文系が多かったことが言えます。贫民が多かった縄文系は海外移民と同じ発想で新天地として北海道に开拓民として入ったことが予想されます。当然支配阶级の「O3」は厳しい自然の土地には政府の役人以外は行かなかったのではないかと予想できます。
    ●东北も、縄文-弥生の土地ですが、寒冷地适応系と考えられるY-DNA「NO」、「N1」「N1c1」の比率が最も高く、寒さに强かったため适応できたのでしょう。东北アジアに住んでいた时から高纬度地适応で色白だったはずなので、东北に多い色白美人の要因かもしれません。これまで虾夷はY-DNA「C1a」ではないかと推测していたのですが、「NO」N1」「N1c1」の东北アジア起源集団も虾夷の一员であった可能性が见えてきました。この东北アジア集団は韩半岛を追い出された「O3」と一绪に対马海峡を渡ったはずですが、故地に似た気候を求めて日本列岛を北上した可能性があります。「O3」は全地方で最低でした。奈良时代、平安时代と支配阶级の「O3」は虾夷との抗争がありましたが、积极的に住むことはしなかったようです。
    ●関东は意外に縄文系Y-DNA「D2」频度が高い土地でした。新开拓地の北海道を除くと、冲縄以上の「D2」地方になります。しかも人口比率では日本列岛最大なので、縄文系の频度を押し上げることになります。海や山が充分ではないため縄文ハンター系「C」の频度は少なく全地方で最低でしたが、人口比率が大きいため実人口数は他の地方より多いはずです


    IP属地:日本3楼2015-07-19 12:59
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      IP属地:日本4楼2015-07-19 13:01
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         ●県别データまとめ
          当ガラパゴス史観はこれまで日本列岛全土の遗伝子比率を使用し、琉球とアイヌのみを外出しにして论じてきました。しかし、もし県别のデータがあれば违うアプローチの方法もあるのではないかと考え、これまで参考にしてきたGlobal论文を调べ、その元になった県别のデータが一部入手できましたのでリストにして见ました。
          先にご绍介したGlobal论文の中で県别の调査データが报告されていましたので、御绍介します。このリストを见るとこの程度のサンプル数で民族论が论じられるのかかなり疑问になってきましたが、自分では调査できないので、背伸びせずにガラパゴス的民族性を论じたいと思います。とりあえず縄文系、弥生系、征服者系と分けて频度を出してみました。ご参考に!
          最も利用されるNonaka et al.、Tajima et al.とHammer et al.の论文の他にNonakaが参考にしたUchihi et al.とSasaki & Dehiyaの论文が県民と地方のY-DNAに触れていましたので、それらの情报をまとめてリスト化しました。
          日本人の合计データで见ると気がつかなかったのですが、県别(一部都市)で见ると1県あたりのサンプル数は极めて少ないのです。これで何か物を言えるのだろうか?と极めて心配になります。
          このリストで最も疑问なのは大阪で2サンプルしかないにもかかわらず、しかもY-DNA「NO」がそのうちの1件を占めたため、大阪は人口比率の大きいことから频度にかなり影响をしています。研究者は何故疑问をもたなかったのでしょうか?无作为抽出2人のうち1人が日本人の极少数派に当たるのは宝くじに当たるようなものです。しかも関西圏は全てY-DNA「O3」が検出されていないのです。征服者大和朝廷族のお膝元にもかかわらずです。
          この论文の著者たちはこの宝くじ的な确立で出现したハプロタイプに何故再调査を行わなかったのでしょうか?目的が日本人全体なので全国で见れば误差范囲と考えたのでしょうか?
          大阪は天皇陵古坟が存在する土地で大和朝廷族の本拠地でもあったにもかかわらず、です。おまけに平城京の奈良県はサンプル数「0」です。著者はこの特异な场所であるはずの関西圏で一体どんな人を対象にサンプルを抽出したのでしょうか?もし农村部や山间部を中心にサンプルを故意に抽出すれば当然大和朝廷族のY-DNAは出てきません。大阪でうっかり抽出すると近代の韩半岛系の出身者を调査する可能性は极めて大です。にもかかわずY-DNA「O3」の频度が「0」という结果はわざとデータを操作した可能性が大きいのです。関西は圧倒的な「O3」圏のはずだからです。
          地域で最も平均的な频度分布を持っているのは全国から人が集まっている东京と北海道だと思っていましたが、东京はほぼ予想通りでした。しかし旭川は圧倒的な高縄文度の土地でした。恐らく海外移民组も同じではないかと想像できますが、江戸时代まで抑圧されてきた贫民だった縄文の子孙が多く屯田兵や移民として移住したからではないかと考えると纳得できそうです。海外の日系移民のY-DNA频度を调査できると面白い结果が得られるかもしれませんね。
          この结果は、県単位でサンプルを集めることの大変さと抽出のマジックを教えてくれます。目的が日本列岛全体の遗伝子分布と縄文-弥生の二重构造をあぶりだすことだったので、限界があるのは仕方がありません。やはり研究者単位ではなく国が主导して调査をしないと高度な解釈は难しいようですね。
          しかしそれでもこの県别调査で、大和朝廷族や武士団族に代表される征服者汉族のY-DNA「O3」が日本列岛にしっかりと根付いていることと、Y-DNA「C3c」に代表される东北アジア系骑马民族、いわゆるツングース系骑马民族王朝、は日本列岛に全く乗り込んできていないことは改めて明らかになりました。恐らく韩半岛にいた中国王朝出先机関の汉族役人たちも韩半岛や周囲の先住民族たちと抗争するために骑马民族的な风习を一部取り入れていた可能性は否定できませんが、あくまで汉族「O3」です


        IP属地:日本6楼2015-07-19 13:02
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          IP属地:日本7楼2015-07-19 13:03
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            IP属地:日本8楼2015-07-19 13:04
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              IP属地:日本9楼2015-07-19 13:04
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                东京汉服社还在活动吗?


                10楼2015-07-23 19:10
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